管理人の慢性膵炎経緯 その1

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ずっとストレスによる胃の痛みだと思ってました

胃の痛み

今から5年程前、仕事がとても忙しい時期がありました。毎日12時程度の労働、休憩は「昼におにぎり食べながら仕事している3分程が休憩かな?」って状態で、休みの日も家で8時間ぐらい仕事してました。そんな状態なので、家に帰って料理なんてする気になれません。毎日スーパーで半額になったお惣菜を買って帰り、それをツマミにお酒を飲んで寝る、という生活でした。そんな生活が1ヶ月程続いた頃、胃のあたりが痛むようになり、「過労によるストレスで胃がやられたかな?酷い食生活も追い打ちかけたしな」と思って、薬局で薬を買って飲んでみましたが効果がなく、仕事にも障るぐらいの痛みになってきたので近所の内科で見てもらうことにしました。

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問診の結果、もしかしたら膵臓かもしれないということで、血液検査をすることに。膵臓ってどこだっけ?などと思ってましたが、とにかく血液を採ってもらい、その日は帰宅。
1週間後結果を聞きに行くと異常なし。先生が「やはり胃かも知れません。ちょうど胃カメラができる医師が来ているから検査してみますか?」と言われ、人生初の胃カメラを体験しました。眠くなる薬を射ってもらうこともできましたが、初めての胃カメラなので起きたまま体験しようと思い、注射はいいですと告げました。すぐに後悔しました。喉の異物感が半端なものではないですね、あれは。検査の間中、ずっとえずいてました。
脱線しましたが、とにかく検査が終わると、逆流性食道炎が見つかりました。やっぱり胃なのかということでちょっと安心です。職場にも「逆流性食道炎ってやつらしいです」って話をしたら「膵臓じゃなくてよかったね、逆流性食道炎なんて、結構持ってる人いるみたいよ」みたいなことを言われて、「そんなもんなのか」なんて思ってたんですが。薬を飲んでも全然痛みが収まらないんです。1週間経っても痛みが収まらない。来週もう一度医者に行こうと思っていたら。突然とんでもない痛みに襲われました。

 

救急車緊急入院

医者に行き、自分の状態を説明するとやっぱり膵臓なのかもしれないということで画像検査をしてもらうと、どうやら膵臓が膨らんでいるらしい。先生から「ここでは設備が不足しているのではっきりとは言えないが、入院の必要があるかもしれない」と言われ、それはまずいということで激痛の中職場に電話し、もしかしたら入院するかもしれないこと、落ち着いたらまた連絡することを伝え、そのまま近くの大学病院へ搬送(写真のような救急車じゃなくて、病院が呼んでくれたタクシーに乗って自分で行きました。ちょっと驚きでした。)
病院の救急搬送口に着くと車椅子を準備した看護師さんが待機してて、私は車椅子に乗せられ救命救急センターの中へ。激しい痛みの中、「自分はどうなってしまうんだ」という気持ちでいっぱいでした。診察台の上に乗せられると、すぐに点滴がつけられました。点滴は痛み止めだったらしく、その後すぐに痛みが和らぎ、あれだけの痛みがあっさりと治まったことにびっくりしたのを覚えています。問診やら色々な検査があった後、膵臓で炎症が起きていて、入院が必要であることが告げられました。家族に来てもらい、自分の状態と入院の必要性、おおよその治療期間などが説明され、入院手続きを済ませると、家族には明日改めて来てもらうことになり、私は車椅子に乗せられて病室へ。午前中に病院に行ったはずなのに外はもう暗くなってました。

 

病室のベッド

入院生活スタート

パジャマを受け取り着替えると少し心が落ち着いてきましたが、そうなると再び「自分はどうなってしまうのか」という不安が湧き上がってきます。膵臓という普段馴染みの無い臓器の異常、そして生まれたときを除けば人生初の入院ということもあったんでしょうけど、かなり心細い気持ちになったのを今でも覚えています。
着替えが終わると両腕に点滴がつけられました。どちらの腕だったかは忘れましたが、片方の点滴の袋に「ガベキサート」と書いてありました。フオイパンやフサンと同じく、膵液に含まれるたんぱく質を分解する酵素の阻害薬のようですね。(このガベキサートの点滴の袋、大きな文字で「ブドウ糖」と書いてあったんです。なので、恥ずかしい話ですが、私はしばらくの間、「エネルギー補給の為の点滴」だと思ってました。後で調べたんですが、ブドウ糖が入っているのは、血漿の浸透圧とほぼ等しい濃度にするためらしいです。生理食塩水のブドウ糖バージョンって感じでしょうか。)

そしてここから1週間程の間、食べるの禁止、水飲むのも禁止の絶飲食に加えて、歩くの禁止というベッド上安静という生活が始まります。

管理人の慢性膵炎経緯 その2に続く

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